今夜はお薬が早々と切れてしまい、再び眠りにつくまでは時間がかかりそうだ。

数日前の出来事を、覚えているうちに書いておこうと思う。

雨が強く降った木曜日の夕方。私は整形外科の待合室で会計を待っていた。

先程注射を打たれたひざ関節をさすりながら、私は呆然とただ前を向いていた。

ふと、私の右の視界に二人の人が入ってきた。

私が座っているソファーが前を向いているのに対して、私の右の壁側のソファーは、私の右側を向くように置かれている。

そのソファーにその二人は座った。
年老いた男性と女性だ。
おそらく長年寄り添った夫婦であろう。

二人は座ると女性は男性に右手を差し出した。
男性は当たり前のように、女性のその右手を自分の膝の上で両手で優しく包み込むように握り返した。

男性は背は高い。頭髪は薄く、両方の耳に集音器をつけている。肌艶の色はいいので、少々耳が遠い以外は健康そうであった。
逆に女性は非常に小柄で、とてもやせ細り青白い肌をしていて、ずっと目を閉じている。
男性の問いかけには、目を閉じたまま、それはそれは小さく頷くだけだ。
大病でもしたことがあるのだろう。
この日もかなり体調が悪そうだ。
女性のその雰囲気は、男性よりもかなり年上に感じさせた。

普通ならどう思うのかな?
奥さん大丈夫かな?旦那さん大変だな?

しかし、不謹慎にも私は素敵だと思った。

私は二人のその様子に目を奪われてしまった。
心を奪われてしまったと言う方が正しいのかもしれない。
自然でいて、そしてとても美しかったからだ。
ただ、その慈しみ合うようにしっかり重なっている手には愛が見えた。

胸がしめつけられるほど、涙が出そうなほど、とても綺麗だった。

このお二人の残された人生が、静かで幸せでありますように。





作・
皐映月 紅歌
(さえつき あか)