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たくさんのサンタさん

窓を開けて、「サンタさーん」と叫んでいた3歳児は、
「クリスマスと誕生日プレゼント合わせて、これが欲しい。」と、
催促してくる中学生男子になった。

12月27日の夕方に帝王切開で生まれた息子。
神様から私への少し遅いクリスマスプレゼント。

訳あって家族にも知らせず、そばには誰もいなくて、不安で仕方なかった一人での出産。
陣痛に耐えながら、「この子は生まれる瞬間、誰にも祝ってもらえないんだな。」と思うと、悲しくて胸が苦しかった。

しかし、息子が生まれてくれた瞬間、全てが変わった。
「これ以上の宝物はない。大切に大切にこの子と生きよう。生まれてきてくれてありがとう。」と思えた瞬間だった。

小さい頃には、サンタさんからのプレゼントを指折り楽しみにしている息子のその様が可愛くて可愛くて、私も一生懸命だったころを思い出す。

ある年のクリスマスには、自転車屋さんに頼んで夜間に配達し、玄関先に自転車をおいてもらった。朝起きたら、サンタさんから自転車が玄関先に届いているという設定だったり。

ある年は、郵便局に頼み込んで差出人の欄に「サンタクロース」と書かせてもらったり。
本来ならサンタクロースと言う差出人では、郵便局は受け取れないらしいが、郵便局長の粋な計らいで配達してもらえることになった。

他にもいろんな工夫を凝らして、毎年クリスマスを楽しんでいた。

夢のクリスマスを楽しんで欲しいので、2日後の誕生日も必ず祝った。

一つこだわったのは、サンタさんからのプレゼントの方を豪華にした。

たくさんのサプライズは、いろんな人の協力もあって大成功だった。

自転車屋さんも郵便局長も、息子のサンタさんだ。

この話もいつか、息子に聞かせたいと思っている。

息子がいつまでサンタさんを信じていたのかは分からないが、私は息子に「サンタさんは六年生まで来ます。」「中学生になれば、一年の頑張りを見て、ママからプレゼントします。」と伝えてきた。

「高校生になったら、自分がサンタさんになって、好きな人や身近な人にプレゼントを送るのよ。」とか。

もしかしたら、息子は母親の茶番劇に付き合ってくれていたのかもしれない。


息子の喜ぶ顔は私にとって、最高のプレゼントで、息子が私のサンタさんだ。
生まれてくれたあの日からずっと。





作・
皐映月 紅歌
(さえつき あか)