「10年」一  10年前のあの日

「10年」一 10年前のあの日

「10年」一 10年前のあの日


夕方の電車の中。目を瞑ると薄い瞼を伝って、さまざまな鈍い光が入ってくる。

日は少しずつ長くなり、新緑が香り立つ季節になる。



あれから10年。息子の手を引いて必死で逃げたあの日。

あの頃、世間のニュースではずっと津波の映像ばかりが繰り返し放送されていた。
TVに映し出される人々は、肉親や大切な人を失くし、身を休める行き場さえもない。

寒さと飢えと絶望。一瞬にして全てを失う恐怖とはどういうものか、計り知れない。

多くの人が泣き崩れる映像。胸が痛む。

そのことが、私をより一層疲弊させた。
その頃私は、夫からのDVに苦しめられていた。
毎日の恫喝、罵倒に繰り返される暴力。

子どもにも何度か手をあげるようになってきて、もう改善の見込みはない。

夫はDVを繰り返すうちに、人としての心までも失ってしまったようだ。

未曾有の事態に苦しむ人々の姿を見ても、テレビがおもしろくないと怒鳴っていた。

仕事を辞め、自堕落な生活。貯蓄も底をつき、暇な時間を潰すためのギャンブルもできず、何一つ欲求を満たせずイライラしている夫。

仕事に行こう。職場に居る間だけは危害を加えられる心配はないと思っていた。

2011年4月5日。

夫から職場にまで電話がかかってきた。
「出かけたいが金がない!」
分かりきっている事を、イライラを募らせ電話してきたのだ。

今日こそ殺される!

揉めるだろうが話し合って別れてもらうか、それとも逃げるか。ここ数年ずっと考えていた事だ。

もう逃げるしかなかった。このまま帰らないと決心した。
仕事が終わり、保育所に向かう。
どうか夫は家にいてくれますように。

保育所について子どもを迎える。いつもと変わらない態度の先生。夫から保育所へは何もないようだ。

「先生、私たちを助けてくれませんか?もう家には帰れません。」

普段から生傷の絶えない私を気にかけてくれていた、保育所の先生。助けを求めた。

先生は頷き、どこかへ電話をかけた。
「もう大丈夫ですよ。」
先生のその言葉に安堵し、涙が溢れ落ちた。
「ママ、お家に帰ろう。」
息子は仕切りに言う。
「少し待ってね。」

そうやり取りしているうちに、一台の乗用車が停まった。


作・
皐映月 紅歌
(さえつき あか)